当社の祭礼行事を中心に、日々の出来事などをブログ風にお伝えします。

写真をクリックすると拡大します。

椿の花が咲きました。

ピンクの椿
ピンクの椿

テレビでは上野公園の桜の花見の様子が盛んに報じられていますが、ここ日南町も数日暖かい日が続きましたので境内の椿が開花していました。去年は29日に白い花が1番先に開花しましたが今年はピンクの花が先に開花しました。(白い花はまだ咲いていません。)年によって花をつける順序が異なるのには何か訳でも有るのでしょうか?

国民精神昂揚運動合同研修会

魚料理「海」
魚料理「海」

3月24日(火)琴浦町の「まなびタウンとうはく」で国民精神昂揚運動合同研修会が開催されましたので出席致しました。神社庁・県神社総代会・神政連県本部が共催する研修会ですので管内神職及び総代の方々総勢24名で午前10時には日南町を中型バスで出発、昼前には琴浦町に到着して副支部長が予約した魚料理「海」で昼食となりました。評判の店での美味しい昼食で、特に揚げたてのアジフライは絶品でした。

演題「神々の微笑み」
演題「神々の微笑み」

定刻の午後1時、開会儀礼の後、境港市出身の画家で大阪学芸大学客員教授の小灘一紀先生による「神々の微笑み」~絵画で楽しむ古事記~と題する講演会を拝聴致しました。自身の作品なども紹介しながら心豊かな日本神話の世界を語られました。引き続き全体研修として倉田八幡宮禰宜による「皇居の清掃奉仕・時局研修会」の報告と神政連県本部幹事長の「美しい日本の憲法をつくる国民会議」についての説明と署名のお願いが有りました。以下、閉講儀礼の後、解散となり、バスで揃って帰着致しました。

バス停の標識

宮内東県社前
宮内東県社前

我が日南町の公式キャラクター「オッサンショウオ」がデザインされたバス停の標識が設置されました。「宮内東県社前」ですので神社の前で冠を被ったオッサンショウオが剣を持ち、オロチと共に描かれています。モチーフは八岐大蛇退治のようです。当社は鬼退治の伝説なのですが・・・

 

用語解説 オッサンショウオは日南町の清流に多く生息する特別天然記念物の大山椒魚をモチーフにした日南町公式キャラクター。

この度、町内178箇所のバス停の標識が全て刷新され「オッサンショウオ」を基本とした5種類のオリジナルデザインの標識が設置されました。

 

 

高代部落祭

高代部落祭
高代部落祭

3月22日(日)高代部落の祭礼を奉仕致しました。福榮神社の氏子でもあるこの集落(24戸)の荒神社・山神社・愛宕社・地神様を公民館を斎場としてお祀り致します。

地神様
地神様

公民館での神事の後、現地に出向いて荒神様・愛宕様・山神様・地神様の順序で巡拝して五穀豊穣と地域の平安を重ねて祈願致します。

写真は地神様に注連縄を取り付け御幣をお供えして現地祭の準備を整える様子

高代部落祭の直会
高代部落祭の直会

直会には集落のご婦人方の手料理がずらりと並びます。仕出し料理では味わえない大変おいしい御馳走をたくさん頂きました

春の祖霊祭

祖霊祭(春)
祖霊祭(春)

3月21日(土)彼岸の中日、木山代宮家の春の祖霊祭を丁重に斎行して後、奥津城に参拝をして祖先の御霊をお慰め致しました。宮中では春季皇霊祭が斎行され、皇霊殿にお祀りされた御歴代の天皇と皇族の御霊を今上陛下がご親祭なさいます。

大呂神社春祭

大呂神社本殿
大呂神社本殿

3月18日(水)島根県奥出雲町の大呂神社の春祭を代行奉仕致しました。昼頃から雨が降り出しあいにくの天候でしたが、当番の氏子2名が参列して厳粛に斎行致しました。

第62回神宮式年遷宮の完遂

祝御遷宮幟旗の撤収
祝御遷宮幟旗の撤収

平成25年10月の両正宮の遷御に続き両宮の第1別宮ほか12別宮の遷御の儀は、今月15日(日)に斎行された風宮を以て目出度く完遂されましたので境内の「御遷宮幟旗2本を撤収する事に致しました。ご奉賛頂きました氏子崇敬者の皆様方にあらためて厚く御礼申し上げます。

臨時大祓式

3月11日
3月11日

3月11日(水)東日本大震災から4年となる今日は日供祭斎行後、大祓詞を奏上して追悼し被災地の復興と被災者の方々の平安を祈念致しました。境内は一昨日の夕方より降り出した雪で季節が1ヶ月は逆戻りしたかのような有様です。気温も氷点下となり、昨日はお供えしたお水にも薄氷が張る程でした。

夜啼き荒神祭

夜啼き荒神祭
夜啼き荒神祭

3月8日(日)所管社の夜啼き荒神社の例祭を斎行致しました。毎年2月中旬頃に執行していますが今年は氏子5戸の内3戸に忌服が罹りましたので止む無く延期をしていました。当日は好天に恵まれ、社前に祭壇を舗設して厳粛に斎行致しました。(例年2月の斎行時は積雪と寒冷が厳しいため社務所の床の間に祭壇を舗設して執行し、祭典後一同で社殿に参拝する事にしています。)

夜啼き荒神祭の直会
夜啼き荒神祭の直会

祭典後は社務所で直会をして神社での子供の頃の体験や想い出話に花が咲き、和やかに歓談致しました。

蕗の薹

蕗の薹の神饌
蕗の薹の神饌

3月7日(土)の日供祭の神饌として昨日の夕方に収穫した蕗の薹をお供え致しました。昨年より5日早いお供えです。夕方にはお下がりを天ぷらにして早春のほろ苦い食味を樂しみました

第35回伊勢神宮参拝旅行

外宮の古殿地から新殿を望む
外宮の古殿地から新殿を望む

3月1日(日)から3月3日(火)に掛けて恒例の伊勢神宮参拝旅行に行って参りました。初日は外宮でのお神樂奉納と御垣内参拝が主な目的です。生憎の雨模様でしたが恙なくお参りさせて頂きました。(総勢134名 バス4台)

二見興玉神社 拝殿内
二見興玉神社 拝殿内

外宮参拝に続いては恒例の二見興玉神社の自由参拝です。拝殿内には、ひな人形も飾られ明るく装飾されていました。雨に加えて強い浜風が吹きつけていましたので夫婦岩の写真が撮れませんでした。

鳥羽シーサイドホテルでの宴会
鳥羽シーサイドホテルでの宴会

午後5時30分頃には定宿の鳥羽シーサイドホテルに入り、急いで入浴を済ませて午後7時からは宴会です。乾杯に先立ち参拝団の団長としてご挨拶をさせて頂きました。沢山の御馳走とカラオケ大会で賑やかな一夜となりました。

宇治橋前の鳥居
宇治橋前の鳥居

日程の2日目は愈々内宮での御垣内参拝です。昨日の雨がやや残った様な天候でしたが傘を差す程でもなく恙なく拝礼させて頂きました。写真は参拝後に撮影した旧ご正殿の棟持ち柱を再利用して新築された宇治橋前の鳥居です。

赤福餅
赤福餅

午前9時30分頃には、おはらい町とおかげ横丁の散策が始まります。この時間まだ開店準備中のお店もありました。私は毎回楽しみにしている赤福本店でのお茶の時間です。当然、お土産としても購入致しますが店内で頂く赤福餅の方が手作り感も増していて、おいしく感じられます。

黄檗山 萬福寺
黄檗山 萬福寺

午後には京都府に入り、宇治市の黄檗宗の大本山、萬福寺を見学致しました。西暦1654年に中国福建省から渡来した隠元禅師が後水尾法皇や徳川四代将軍家綱公の尊崇を得て西暦1661年に開創された寺院です。

中国明朝様式を取り入れた大伽藍は大変な豪壮さで王宮のような配置に圧倒されました。

宇治上神社
宇治上神社

続いて拝殿と本殿が共に国宝で世界文化遺産の宇治上神社に参拝致しました

修繕を終えられたばかりの社殿は美したい佇まいでした。

御祭神 莵道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと) 応神天皇(莵道稚郎子の父神)仁徳天皇(異母兄神)

表彰者の記念撮影
表彰者の記念撮影

午後5時頃には湯の花温泉にあるおもてなしの宿渓山閣に入りました。宴会の前には多数回(5回・10回・13回・17回・20回)参加の方々20名の表彰式を挙行致し、記念写真は舞妓さん(18歳)を囲んでの撮影となりました。

舞妓さんのちんとんしゃん
舞妓さんのちんとんしゃん

表彰者と参加者の皆様にお祝いとお礼の「ちんとんしゃん」の舞

河内音頭で大共演
河内音頭で大共演

大宴会の〆は京都なのに河内音頭の熱唱に江府町の銭太鼓、そして仲居連中の踊りの大共演で盛り上がりました。

八坂神社
八坂神社

最終日は京都市内に入り祇園祭で有名な八坂神社の参拝から始まりました。当社は慶応4年(1868年)5月30日付の神祇官達により八坂神社と改称するまでは感神院または祇園社と称されていました。

御祭神 素盞鳴命・櫛稲田姫命ほか12神

二条城
二条城

二条城は慶長8年(1603年)徳川家康が京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所として造営し、三代将軍家光が後水尾天皇の行幸にあわせて寛永3年(1626年)に改修したもので、絵画・彫刻・建築に桃山から江戸への時代の移り変わりを見る事が出来ます。慶応3年(1867年)15代将軍慶喜が大政奉還をしてよりは朝廷が有して明治17年(1884年)離宮となりました。その後、昭和14年に京都市に下賜され今日に続いています。(平成6年に世界遺産に登録)


西陣織会館の着物ショー
西陣織会館の着物ショー

昼食の会場となった西陣織会館では食後に着物ショーがあり樂しませて頂きました。

生田神社
生田神社

今回最後の観光は神戸の生田神社神社の参拝です。20年前の阪神大震災で社殿が倒壊した写真は有名ですが、今日では震災被害を感じさせない程の見事な復興ぶりでした。

午後2時30分頃には神戸を後にして帰路に着きました。

御祭神 稚日女命(わかひるめのみこと 天照皇大神の幼名)

月次祭

月次祭
月次祭

3月1日(日)の月次祭を権禰宜である妻が代行奉仕し致しました。私は今日から2泊3日の日程で伊勢神宮参拝旅行に出発する為、午前7時までに日南町総合文化センター前に集合しなくてはなりませんので午前5時30分には昇殿して神饌を盛り付けたり、玉串を舗設したりと月次祭の準備を万端に整えてから出かけました。

御箸と神盃
御箸と神盃

当社の神饌は明治以降の生神饌(丸物神饌)が殆どですが僅かに熟神饌だった頃の名残としてお神酒に添えて御箸と神盃を必ずお供え致します。(通常、生神饌に箸や盃を供える事は有りません。)


用語解説 生神饌(せいせん)とは素材そのものを素のままでお供えする神饌、熟神饌(じゅくせん)とは素材に調理や加工を施してお供えする神饌(調理神饌)の事。

神社庁 神殿祭

祭員3名による献饌
祭員3名による献饌

2月26日(木)神社庁の神殿祭に参列致しました。

今日の神殿祭は一般神社の例祭に相当し斎主を神社庁長が務め、副斎主を神社庁主事、以下祭員を青年神職3名がお仕え致します。神社庁役員・支部長・協議員などの神職、県総代会長と同役員、被表彰者など約40人が参列致しました。

 

御祭神 天照皇大神

表彰状を受ける二部神社宮司
表彰状を受ける二部神社宮司

祭典終了後には神社庁長表彰の表彰式を挙行して永年にわたり神社の維持運営などに功績のあった神職4名と総代10名を顕彰致しました。

日野支部からは二部神社宮司と三所神社総代1名がその栄に浴されました。

庁長挨拶
庁長挨拶

神酒拝戴と記念撮影の後、会場をホテルニューオオタニ鳥取に移して懇親となり和やかに歓談致しました。

旧正月

旧正月 雪景色の境内眺望
旧正月 雪景色の境内眺望

今年は2月19日(木)が旧暦の元旦となりました。昨夜から雪となり春の訪れは足踏み、墨絵の様な境内からの眺めです。

旧暦1月1日は新暦の1月21日頃から2月20日頃までの間を毎年移動します。当社には旧正月の特別な神事は伝わっていませんが一部の神社や寺院では関連する神事や行事が残っているようです。

 

旧正月の神事 出雲大社の福神祭・和布刈神社の和布刈り神事等

日野支部役員会

日野支部役員会
日野支部役員会

2月18日(水)日野支部役員会を日野町公民館で開催し、来る3月1日(日)出発の第35回伊勢神宮参拝旅行(2泊3日)についての最終的な打合せと調整を致しました。

先月21日に第1回、今月4日に第2回と会議を重ね、近畿日本ツーリストの担当課長も毎回出席して参加人数の確認や車輛編成と車輛長の任命などを協議してまいりました。

今日は参加者135名のバス4台の座席割と宿の部屋りをして参加者同士の同室希望や夫婦部屋希望など様々な要望を踏まえて万全な調整に心を砕きました。

新年合同会

新年合同会議
新年合同会議

2月13日(金)神社庁の新年合同会が倉吉市の「ホテルセントパレス倉吉」で開催されました。神社庁役員・各支部長・各地区総代会長・神政連役員など22名が出席し神社庁職員より今年の行事日程の確認や26年度の神宮大麻 暦の頒布実績の報告を受けました。

県総代会長による乾杯
県総代会長による乾杯

戦後70年の節目となる今年の斯界の更なる発展に向けた有意義な会議の後は新年会を兼ねた懇親会が開催され和やかに懇談致しました。

紀元祭・日南町統一建国祭

紀元祭
紀元祭

2月11日(水)午前7時、紀元祭を斎行して神武建國2675年を奉祝し、国家の隆昌と皇室のご繁栄、世界の恒久平和と氏子崇敬者の平安を祈念致しました。また併せて、本殿を通して橿原神宮の遥拝を致しました。建国記念の日は神武天皇が橿原の宮にて即位された日を建国の紀元として明治6年に定められた紀元節がその発祥です。この日天皇陛下は宮中三殿にお出ましになり臨時のご拝礼をなさっておいでと承ります。また橿原神宮では勅使参向の許、偉業を偲ぶ大祭が斎行されます。

日南町統一建国祭(紀元祭の神事)
日南町統一建国祭(紀元祭の神事)

紀元祭の奉仕を終えると慌しく生山自治会館に向かい、午前9時から斎行される日南町統一建国祭に来賓として参列致します。日南町管内では神職・氏子総代・町長をはじめ行政関係者や各種団体の長などが、この斎場に一堂に会して紀元祭を斎行致しますので総代や氏子が参列しての紀元祭を斎行する神社は有りません。

斎主は大石見神社の宮司が務め祭員は霞神社の宮司と禰宜、樂員は石見神社と福成神社の各宮司がお仕え致しました。


日南町統一建国祭(奉祝式典・神社庁理事の祝辞)
日南町統一建国祭(奉祝式典・神社庁理事の祝辞)

神武天皇ほか日南町内の全ての神社の神々をお招きしての厳粛な神事の後は奉祝式典が挙行され「君が代」「紀元節の歌」を全員で斉唱するなどの開会儀礼の後、主催者の日南町神社総代協議会長の挨拶と来賓祝辞、万歳三唱をして「建国記念の日」をお祝い致しました。閉式後は直会をして和やかに会食となりました。

節分祭

節分祭 追儺式
節分祭 追儺式

2月3日(火)午前7時節分祭を斎行致しました

日野支部管内では大勢の参拝者を集めて賑やかに追儺式を執行する神社は有りません。

当社も祭典の後、宮司が本殿に向かい「福は内」拝殿正面縁から境内に向かって「鬼は外」と唱え、それぞれに三度豆を撒いて終了となります。

日が暮れると代宮家や氏子の家々で豆撒きが行われます。節分とは季節の始まり(立春・立夏・立秋・立冬)の前日の事で江戸時代以降は特に立春の前日を言う様になりました。民間では季節の変わり目に鰯の頭を焼き、柊の葉や山椒の枝と共に串に挟んで玄関口に刺して邪気払いとする言い伝えも残っています。

 

 

大領神社節分祭
大領神社節分祭

午後からは奥出雲町郡の大領神社の節分祭を代行奉仕致しました。この神社は氏子の方々が三々五々鬼打ち豆を持参してお参りになり社殿に向かって「福は内」境内に向かって「鬼は外」と唱えて豆を撒く素朴な節分祭です。本殿に向かって撒かれた豆も大豆のほか黒豆や殻つきのピーナッツなども有りました。氏神様での追儺を終えて帰宅後、夕刻より家族の豆撒きが始まるそうです。



月次祭

月次祭
月次祭

2月1日(日)午前7時、月次祭を斎行して皇室のご安泰と国家国民の繁栄、氏子崇敬者の家運隆昌を祈念致しました。

久しぶりに伯父(前 大神神社宮司・故人)より頂いた白地雲鶴紋(総裏付)の狩衣を着用して奉仕致しました。

 

2月1日 朝の境内
2月1日 朝の境内

昨日からの降雪で境内は相変わらずの雪景色です。2月を迎えると更に春が待ち遠しい気持ちになりますが足音はまだ遠い奥日野の郷です。

荒神祭

当屋宅での神籬祭祀のあと荒神社へ参拝 28日宮坂荒神祭
当屋宅での神籬祭祀のあと荒神社へ参拝 28日宮坂荒神祭

雪深い山里も立春が間近になると荒神祭が始まります。田畑の準備に入る前に荒神さんを祀って順調な耕作と良好な天候を祈念致します。かつては秋の収穫感謝の祭を含めて年間2回以上の荒神祭を執行していたようですが、戦後だんだんと春か秋(まれに夏)の1回だけの祭祀にしてしまった小部落が殆どです。祈願(早春)と感謝(晩秋)どちらか一方だけの祭祀しか執行しない片手落ちになった事は誠に残念です。

用語解説  伯耆の国の荒神様の多くは台所(竃)を守護する三宝荒神とは異なり、農耕神・牛馬の守護神として奉斎されています。


橋梁竣工祭

橋梁竣工祭の祭壇
橋梁竣工祭の祭壇

1月25日(日)島根県奥出雲町竹崎の追谷自治会地内に完成した卜蔵橋(ぼくらばし)・水木1号橋(みずきいちごうきょう)の竣工祭を奉仕致しました。当日は今年1番の好天に恵まれ、絶好の日和となりました。実は私が昭和59年に神職拝命以来今日まで様々な出張祭典を奉仕してまいりました中で、橋梁の竣工祭は今回が初めての奉仕でありました。


橋梁竣工祭テープカット
橋梁竣工祭テープカット

奉仕をするに当り、手持ちの様々な祭祀資料に目を通し、橋祭りとも称される祭祀の歴史や意義、関わる色々な行事の事例などを再確認して遺漏無きよう務めました。大まかな祭典の流れは地鎮祭や家屋の竣工祭と変わり有りませんが程よい緊張感を以て祭祀に臨む事が出来ました。関係者によるテープカットの後は、斎主(私)の先導により渡り初め式を執行して完成を祝いました。

 

日待祭

日待祭の祭壇
日待祭の祭壇

1月23日(金)午後7時45分、木山代宮家の日待祭を斎行致しました。当家の日待祭は夜の祭りと朝の祭り(24日午前8時)の2回の神事を執行致します。夜の祭りには日待祭祝詞の他に大祓詞や神咒(しんじゅ)なども奉仕して朝の祭りより丁重な祭典をお仕え致します。

 

用語解説 日待祭は同族や同一部落内の者が集まって物忌や潔斎をして夜を明かし日の出を待って、季節の変わり目に来臨する神を迎える信仰が古儀だと伝わっています。

神咒とはお祀りする神々に御神徳をより増していただく為の社家に伝わる独特の呪文

とんど祭

とんど祭(古神札焚上祭)
とんど祭(古神札焚上祭)

1月17日(土)午前10時15分とんど祭を斎行致しました。今年は忌中にある総代会長の代わりに世話人を務めた総代1名のほか5名が昇殿をして参列致しました。とんど祭りは古来1月15日の小正月に行う民俗行事で左義長とも称され、正月飾りや納められた古神札と共に、お迎えした歳神様を舞い上がる炎によってお見送りする神事です。

とんど祭(今年の恵方、西南西の方角から火入れ)
とんど祭(今年の恵方、西南西の方角から火入れ)

拝殿での神事の後、撤下した忌火により境内のとんど斎庭で火入れを行います。今年の恵方である西南西の方角から世話人の総代が着火した炎が燃え上がり、その間は神酒や豚汁・蜜柑・スルメの振舞いを樂しみました。今回のとんど祭は総代会長ほか数名が忌中の為、欠席され少人数での執行となりましたが世話人を代行された総代さんを中心に関係者で万端な準備をして頂き変わる事なくお仕えする事が出来ました。

山神祭

宮内東中組養草組合の祭壇
宮内東中組養草組合の祭壇

10日から12日の3日間は山神祭の奉仕が4件ありました。本来は正月9日が山の神を祀る祭日でしたが近年は以降の土・日に執行するようになりました。

雪深い奥日野で山中に鎮座する小祠での神事は困難な為、自治会館などを斎場にして神籬祭祀でお仕え致します。

用語解説 神籬(ひもろぎ)とは臨時の斎場などに神様をお招きする為の憑代(よりしろ)の事。


年明けから9日までは山の神が管理されるお山の立木の本数を数えて廻られる為、9日以前に山仕事をすると、入山した人間を立木として本数に数えられてしまい、山から帰れなくなると戒めています。

福榮神社・多里神社の正月飾りの撤収

多里神社の輪注連縄と神前幕を撤収
多里神社の輪注連縄と神前幕を撤収

1月7日(水)の午前中に両神社の正月飾りを撤収する為に参向致しました。輪注連縄や神前幕等を取り外し残余の破魔矢や交通安全御守等も当社の社務所に持ち帰り通常の仕様に復旧致しました。当社は例年11日に撤収する事としていますが今年は日曜日と重なり日程の都合もあり、止む無く前日10日の夕刻に取り外す予定にしています。その他の兼務社は総代会で適宜対応して頂いています。

正月7日を松の内明けとする習慣は関東地方に多く、当地は11日をその日としています。また関西を中心に小正月の15日とする地域も有ります。

 

手水鉢も凍りつく

凍った手水鉢
凍った手水鉢

年が明けてからも連日氷点下の朝が続き、手水鉢も気が付けば御覧の通りの有様です。

元旦・2日と降雪が続き、初詣の参拝者は例年と比べ減少しました。5日の今日もその影響が続いて十数名の参拝者があっただけでした。

兼務社の歳旦祭(2社)と初神樂(4社)

福榮神社 歳旦祭
福榮神社 歳旦祭

元旦の午前7時には社務所を出発して福榮神社に歳旦祭の奉仕の為、参向致します。大晦日の年越しには総代会長と総代1名が昇殿して破魔矢とお神酒の授与を奉仕して頂きました。夜明け以降、三が日にご参拝の方は思い思いに破魔矢を受けたりお神酒を頂いてもらっています。

 

多理神社 歳旦祭
多理神社 歳旦祭

福榮神社の歳旦祭を終えると直ちに多里神社に参向して歳旦祭を斎行致しました。年越しには権禰宜である妻と総代会長ほか役員3名(1名は都合欠席)が昇殿して午前2時頃まで破魔矢・交通安全御守・干支盃・お神酒の授与を奉仕して頂きました。以降は福榮神社と同様に3日の夕方まで思い思いに授与品を受けたり、お神酒を頂いてもらいます。

正月三が日、宮司は朝方に両神社の拝殿の扉を解放し、夕方には閉扉する為、参向致します。

初めて初神樂に参向した鬼神神社
初めて初神樂に参向した鬼神神社

やや遠方に鎮座する印賀の樂樂福神社・菅澤神社・熊野神社には俗に坊主正月と称される4日に参向致しました。元旦を4日も過ぎての歳旦祭は憚られますので初神樂と称して神樂と祝詞を奏し拝礼する事としています。また今年は鍵をお預け頂いた島根県奥出雲町の鬼神神社にも参向して初神樂を代行奉仕致しました。

 


謹賀新年 集門来福 歳旦祭(元旦) 初日供祭(2日) 元始祭(3日)

年越しの社殿
年越しの社殿

乙未の歳を迎え謹んで新年の賀詞を申し上げます。冬型の気圧配置が強まり降雪の中での年明けとなりました。気温も氷点下となり凍るような寒さの境内です。拝殿内には2基のファンヒーターと1基の石油ストーブが配置してありますが、正面扉を解放する為、暖房効果はあまり望めませんので下着を重ね着し、使い捨てカイロを貼り付けた上に白衣・差袴を着用して昇殿致します。

歳旦祭
歳旦祭

平成27年元旦の(木)午前零時、歳旦祭を斎行して新年を寿ぎ、聖寿の万歳と皇室の弥栄、国家と国民氏子崇敬者の安寧と繁栄を祈願致しました。降雪の中、副総代会長・総代1名・氏子1名の計3名が昇殿して参列致しました。(総代会長は忌中の為、欠席)

今年は降雪も重なり、凍結した路面の歩行は困難な状況となり夜の参拝者は少なく、午前9時頃から三々五々お参りが有りましたが、日中も降雪が続いた為に近年では最小人数の参拝者数となりました

初日供祭
初日供祭

1月2日(金)午前7時、初日供祭と称して本年最初の日供祭を斎行して、皇室の弥栄と国家国民の安泰を祈願し、平成27年に斎行予定の全て祭祀を恙なくお仕えする事を大神様にお誓い申し上げました。

出張厄除祈願祭
出張厄除祈願祭

2日には厄除祈願の出張祭典を代行奉仕致しました。斎場は島根県奥出雲町の亀嵩温泉「玉峰山荘」の研修室です。地元の亀嵩小学校と高田小学校の同窓生15名による厄除祈願祭。

当初は湯野神社にて斎行の予定でしたが、元旦から続く大雪の為、参拝が困難な状態になり急遽変更しての祭典となりました。

祭壇の神籬(金幣)の背後に見える杜に湯野神社が鎮座されています。

元始祭
元始祭

1月3日(土)午前7時、元始祭を斎行致しました。元始祭は天皇陛下が宮中三殿において「皇位の元始」を祝ってご親祭になり御告文を奏し給う宮中の祭祀です。全国の神社も宮中に倣って皇統の大元始(おおもとはじめ)を言祝ぎ奉る祭祀を執行致します。